ひっそり張り詰めていた糸が切れたみたいになると、あっけなく、だらける。
だらけて気が進まないので、今やらなくてもよい授業の準備に時間を使ったりして過ごした。
そういえば朝から「顔ダニ」のネット記事が目にはいって、かつて小さなポストカード屋さんでアルバイトしていたときに一緒にはたらいていたキョロさんのことを久しぶりに思いだした。私に「顔ダニ」の話をしてくれたのは、キョロさんだったからだ。
キョロさん、今はどうしているのだろう。キョロさんは、ときどき、「あ、顔ダニ、顔がかゆいのは顔ダニがうごいてるからなんだよ」といって顔を目をぱちくりさせて、頬やきれいな鼻筋をこすってみせた。レジカウンターにお腹をもたれさせておくといずれお腹がでるからよくないんだ、というような話もしてくれた。それを聞いた後は、レジに立つときにお腹をくっつけないようにしたけれど、気づくとお腹がカウンターを頼っていた。
キョロさん、というのは偽名で、目がキョロッとしたアイドルのような顔の人だった。あだ名はなかった。さんづけで呼んでいた。「距離感」というのを大事にしている人だったような気がする。お姉さんが中山美穂に似ているんだとよく自慢してくれたが、妹がこのお顔なんだから、きっと似ているんだろうなとその話を聞く度に思った。ポストカード屋さんでのバイトをやめたのが私が先だったのか,彼女が先だったのか、そういえばあまり覚えていない。そのあと、同じ街の別の雑貨屋さんで働いている彼女に偶然会った。客として突然目の前に現れた私を見て目をキョロッとさせてびっくりしていた。それが最後だ。
アルバイトで出会った人たちとは、アルバイトをやめると遠ざかるのだった。私はいろいろなバイトをしたので、いろんな人たちのことをときどきふと思いだす。曖昧な記憶のなかに、一部分だけ奇妙にはっきりとしたかたちで浮かびあがったりする事柄があるから不思議だ。
論文の続きは、夜に少しだけ。appauvri を文脈にあわせてどう訳すかでしばらくじっと考えていたけれど、まったくよい案がうかばない。